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最高裁判所第二小法廷 平成2年(オ)187号 判決 1990年4月20日

東京都中央区日本橋蛎殻町一丁目一〇番一号

上告人

日綜産業株式会社

右代表者代表取締役

小野辰雄

右訴訟代理人弁護士

矢野義宏

鈴木泰文

東京都荒川区東日暮里四丁目九番八号

被上告人

三伸機材株式会社

右代表者代表取締役

岡田勝

右当事者間の東京高等裁判所昭和六三年(ネ)第四一三〇号意匠権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成元年一〇月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人矢野義宏、同鈴木泰文の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中島敏次郎 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 奥野久之)

(平成二年(オ)第一八七号 上告人 日綜産業株式会社)

上告代理人矢野義宏、同鈴木泰文の上告理由

原判決は、左記に述べるとおり、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背があることに該当し(民事訴訟法第三九四条)、破毀を免れない.

第一、本件登録意匠(一)と被上告人全体意匠(以下両者という)について

一、原判決は頭書の点につき次のように判示する.

(一)両者は、いづれも「鉄骨用吊り足場」に係るものであるから、主として両者の使用状態を示す斜視図にみられるような外観に、「特に看者の注意を引く部分」が現われるので、その外観を対比すべきである.

(二)左の部分は、両者にほゞ同一の意匠である.

イ、足場枠の前部両端部に、短い二本の前側支柱を枢着して起立させていること.

ロ、後側支柱間に、二本の背部手摺を水平に設置していること.

ハ、相対向する後側支柱と前側支柱の頂部との間に、斜材を連結していること.

(三)しかし、左の点の差異があり、相違点Aは、特に看者の注意を引きやすい部分である支柱の本数及び形状についての顕著な差異であり、相違点Bについても特に看者の注意を引きやすい部分である側部手摺がどの支柱間に設置されているかについての顕著な差異であり、また、相違点Cについても、特に看者の注意を引きやすい部分である前部支柱間における安全枠、補強材の本数、形状についての顕著な差異であって、両者を全体的に観察した場合、視覚を通じての美観を異にするから非類似である.

本件登録意匠(一) 被上告人全体意匠

相違点 A 二本の後側支柱と、同数の前側支柱を有する四本支柱の構成. 二本のスライド後側支柱と、同数の基本後側支柱及び二本の前側支柱を有する六本支柱の構成. かつ、二本のスライド後側支柱の上端部に、丸形把手が設置されている.

B 二本の側部手摺が前側支柱と後側支柱間に設置されている. 二本の側部手摺が前側支柱とスライド後側支柱間に設置されている.

C 前側支柱間に一本の前部手摺及びX状の安全枠が設置されている. 前側支柱間に、二本の前部手摺及び右二本の前部手摺間に対角線上に一本の補強材が設けられている.

二、右判旨は判決に影響を及ぼすこと明らかな意匠法第三七条(以下法令という)の適用違背若しくは理由不備の違法がある.

(一)言うまでもなく法令の適用に際しての意匠の類否の判断は、両者をその外観によって対比し、相違点を洗い出し(個別観察)、その相違点が全体の美観において決定的に両者の違いを起こさせるか否かの全体観察から為されるものである。

(二)原判決によれば、両者は一、(二)記載のとおりの共通点を有し、相違点はたかだか一、(三)のA、B、Cの三点のみである.しかし、Bの点はAの構成の当然の結果であって、次の(三)において述べることと同様の理由により、両者の意匠の対比において実質上の問題となる相違点は、AとCのみである.

(三)問題の第一は、右Aの点、即ち、後側支柱を一本の構成とするか、スライド後側支柱を基本後側支柱に内包した二本の後側支柱とするかの点である.

しかし、斜視図から明らかなように、機能的にはスライド後側支柱は基本後側支柱に付加された別個の構成であるが、外観的には、スライド後側支柱は基本後側支柱に内包されていて、あたかも一本の支柱の観を呈しており、前記の意匠類否の判断基準から看る全体の美観の点からすれば、「注意を引く」ことはあっても「特に看者の注意を引く部分」とは言えず、非類似ということはできない.

この点について原判決は、被上告人全体意匠のスライド後側支柱が、基本後側支柱に内包されていて、あたかも一本の支柱の観を呈することを認めるに足りる証拠はないと判示もするが、ミクロ的な対比観察をすれば確かにそのように言うことも出来るが、意匠権類否の判断基準であるマクロ的対比観察をすれば、斜視図からも明白なとおり、あたかも一本の支柱と判断されるものである.

従って、この点を誤った判決は、法令の解釈、適用を誤り、ひいては理由不備の違法があると言わざるを得ない.

(四)さらに問題は、一、(三)のC(X状の安全枠)の相違点である.この点について原判決は、特に看者の注意を引きやすい部分である前側支柱間における安全枠、補強材の本数、形状についての顕著な差異であると判示するけれども、問題なのは右の相違点が、「特に」看者の注意を引き、意匠権制度に沿った美観の相違をおこさせるものであるか否かが問われるのである.看者によって右の点は違ってくることも避けられないが、上告人は、右の点はむしろ、転落防止のための安全枠としてX状とするか、或いはX状の一本を除いた/状とするかどうかの問題にすぎず、美感としてみて大きな相違点ということはできないと思料する.

(五)被上告人全体意匠は、前記二点を除くほか全て本件登録意匠(一)に類似していると思料するが、原判決は一、(三)のBの相違点についても、特に看者の注意を引きやすい部分である側部手摺がどの支柱間に設置されているかについての顕著な差異であると一蹴する.

(六)しかし原判決は、前記のとおり「特に」看者の注意を引く部分として、支柱の本数、形状、側部手摺がどの支柱間に設置されているか、前側支柱間における安全枠、補強材の本数、形状等を指摘するが、ここまで挙げるとすればそれは最早すべての構成について言うことと等しく、「特に」という限定は全く意味をなさないものと言わざるを得ない.

これは法令の適用、解釈を誤るものに外ならず、注意を引く部分ではあっても、特に注意を引く部分とは言えず、従って理由不備のそしりを免れず、全体的に観察した場合、両者はほゞ同一の、類似の物品と判断されるべきであって、判決に影響を及ぼすこと明白である.

第二、本件登録意匠(二)と被上告人足場板意匠(以下両者という)について

一、原判決は頭書の点につき次のように判示する.

(一)両者はいづれも「足場板」に係るものであって、少なくとも足場板の表面積中で最大の面積を占める部分であり、また、作業者が実際にその上に立って作業を行う「作業床の表面の外観」に、特に看者の注意を引く部分が現われる.

(二)そこで、右外観について両者を対比すると、次の点が相違し、これは、特に看者の注意を引きやすい部分についてのものであり、全体的に観察した場合、両者は視覚を通じての美観に異なった印象を与えるから非類似である.

本件登録意匠(二) 被上告人足場板意匠

相違点 基本的構成 A 足場板の単体である作業床が二つ. B 作業床の表面に多数の滑り止め用の突起を列設. 作業床が三つ. 作業床の断面が<省略>状の凹凸状.

具体的構成 a 作業床の表面に等間隔の突起が長手方向に多数(二三列)列設. 作業床の表面は、滑り止め用の突起の巾が突起相互間の巾と比較して極めて狭いため、平面から見て、相互間隔の狭い二本の線を長手方向に二三対ひいたように見え、また、正面から見て、平板状に小突起が間隔をおいて二三個設けられるように見え、全体的には、比較的平面的で、かつ、平板状に巾の狭い凸条を多数並べているとの印象を与え、右作業床の表面形状が本件登録意匠(二)のひとつの特徴. 凹凸条が長手方向に一〇個列設. 作業床の表面は、凹部と凸部の巾が同一であるため、平面から見て、長手方向に二〇本の線を引いたように見え、また、正面から見て、<省略>状に加工された板のように見え、全体的には、細長い凹面と凸面とを相互に並べて形成した板であるという印象を与える.

b 一方の作業床の巾木に相対する他端にJ字状の溝が設けられ、他方の作業床の巾木に相対する他端にかぎ状突出部が設けられている. 巾木を有する二つの作業床のそれぞれの他外端に、作業床下方に<省略>状の溝が設けられ、その余の作業床は、両外端とも<省略>状の引掛部を設けている.

二、右判旨は前記法令の適用・解釈を誤り、ひいては理由不備の違法、違背があると言わねばならない.

(一)原判決は、「作業床の表面の外観」に特に看者の注意を引く部分が表われると判示しながら、一、(二)においてA、bの相違点を掲げる.原判決で判示しているように、「斜視図に見られるような外観に、特に看者の注意を引く部分が現われる」とするならば、作業床の底面側はそれ程注意を引く部分ではない.いわんや、作業床を結合する結合部の溝形状や引掛部の形状は、結合した状態では単なる条にしか見えない.これらを分解して両者の差異を論ずることは、ミクロ的な直接対比観察であって容認できるものではない.

これらの相違点の形状は、作業床の底面側の形状であったり、作業床を平面から見たとき一体にしか見えない部分に関するものであって、対比に値しない部分の相違点である.

この点について原判決は、作業床の表面に顕著に現われるものではないが、右両意匠は、鉄骨用吊り足場に組付けられたものではなく足場板そのものに係る意匠であるから、裏面や作業床の単体に分解された状態での外観に現われる形状の相違も、軽重の差はあれ全く無視することは出来ないとも判示する.

しかし、作業床の単体に分解された状態を云々するのは間違いである.単体の組合せが意匠の対象であって、分解しては意味がないこと自明の理である.また、右意匠が、足場装置という全体の物品のなかに組み込まれ、それによって看者の注意が届かない状態に至れば、かかる意匠を利用した足場装置は、全体として意匠権を侵害するに至ること明白である.

従って、かかる誤りを犯す原判決は、法令の解釈、適用を誤るものであって、判決に影響を及ぼすこと明らかな違背、違法である.

(二)問題は、突起の形状及びその数の点だけである.確かに判示のようなミクロ的な直接対比観察をすれば異った印象を看者に与えるかもしれないが、間接対比観察をすれば、<省略>状の突起を<省略>状にするにすぎないものの美観及びその数の相違による美観は、全体観察からすれば当然に類似の印象というのほかはないこと明らかである.

(三)そもそも、本件登録意匠(二)の出願前に使用されていた足場板は、一枚の平板、又は、一枚の平板平面上に滑り止め用の突起を設けたものが一般的である.それは、平板の端部に巾木が起立していると、作業者がつまづいたりして危険であるからである.

然るに本件登録意匠(二)の形状は、二つの作業床を結合して一体の平板とし、この作業床に一体の巾木を起立させたものである.これは、足場板の使用場所、設置場所によっては、工具等を落下させないようにするための安全性を考慮したものである.

従って、この構造は、従来の足場板の概念を変えたもので、当業者にとって極めて目新しいものであり、特に注意を引く形状と言えるものである.してみれば、一体化された作業床と、その左右に上下に起立する巾木からなる足場板の基本的構造の形状にこそ、本件登録意匠(二)の要部があるのである.

然るに原判決は、この特徴ある全体的形状を看過し、両意匠の相違点のうち、特に作業床の表面(平面)の形状が特に注意を引く要部であると判示しているけれども、これは誤りであると言わざるを得ないのである.既述のとおり、作業床が二つであるか三つであるかは、ミクロ的に見た直接対比観察にすぎず、本件登録意匠(二)も被上告人足場板意匠も作業床を結合した状態では一つの作業床にしか見えないし、意匠権の解釈として前記のとおり分解して判断すべきではないのである.

同じく滑り止めの形状の差異も、既述のとおり拡大鏡を利用して直接対比した観察にすぎず、とるに足らない相違点である.前記本件登録意匠(二)の要部を基準として全体観察、間接対比観察をすれば、作業床の結合部、滑り止めの形状は、特に看者の注意を引く部分とは言えず、微差であるというべきものである.

(四)以上から、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈・適用を誤るものと言わざるをえない.

第三、本件登録意匠(三)と被上告人足場取り付け具意匠(以下両者という)について

一、原判決は頭書の点につき次のように判示する.

(一)両者はいづれも「足場取り付け具」に係るもので、主として、使用状態を示す参考図、斜視図に見られる外観に、特に看者の注意を引く部分があらわれる.

(二)そこで右外観について両者を対比すると、両者は次のような相違点があり、この差異は、特に看者の注意を引きやすい部分についてのものであり、全体的に観察した場合、視覚を通じての美観において異なった印象を与えるから非類似である.

本件登録意匠(三) 被上告人足場板の取り付け具意匠

相違点 基本的構成 両意匠の基本的構成は、足場取り付け具の部材を表示するにすぎず、必ずしもその外観を表示するものとはいえないから、両意匠がその基本的構成において同一であることから直ちに両意匠は類似するとの結論を導くことはできない.

具体的構成 ねじ桿本体は、長いねじ部と、ねじ部の端部に一体に設けたロッド状の基部と、その基部の端部が二又状に分かれた支持片とからなり、取り付け部は、前記二又状支持片間に挿入した六角ボルト及びこれに取付けた六角ナットからなる. ねじ桿本体は、長いねじ部とねじ桿の端部に固定した状支持片とからなり、取付け部は、前記支持片を挿入できる二又状の固定具並びにこれらを装着するための六角ボルト及び六角ナットからなる.

フックの背面が四半円状の形態であり、フックの両面に、三つのリブが形成されている. フックの背面が概ね四半円状である形態で、フックの両画は無模様である.

二、原判決は次のとおり法令の解釈適用を誤り、ひいては理由不備の違法がある.

(一)原判決は、基本的構成が同一であることを認めながら、その両意匠の基本的構成は足場取り付け具の部材を表示するにすぎず、必ずしも外観を表示するものではないと判示するが、大きな間違いである.部材の表示などは意匠登録では問題とならず、部材を結合した形状そのものが意匠として表示されているのであり、端的に言えば、基本形態が同一ということは、その形態が公知でない限り、新規な印象を看者に与え、特に注意を引くものである.乙第三号証を見ても本件登録意匠(三)の基本形態は開示されていない.だとすれば、特別に具体的構成において異なったところがなければ類似の意匠であると判示すべきものである.

(二)然るに原判決は、取り付け部、フックの表面という特に看者の注意を引きやすい部分について、基本的構成の同一性を凌駕した美観の相違をもたらすと判示する.

(三)しかし、原判決のいう具体的構成における相違点を検討してみても、たかだかシンプルにした程度の相違であって、非類似と決定するような特別な印象を与えるほどのものではないと思料する.

第四、要するに、原判決は、両者の差異を指摘するものの、意匠権制度の目的から解釈される法令における美観の具体的判断基準を誤っており、これは、事実問題ではなくて法律問題であり、従って、法令の解釈・適用を誤り、ひいては理由不備のそしりを免れず、これを適正になせば違った結論に至ること明白であり、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから民事訴訟法第三九四条に違背するものである.

特に足場板についての判示は、到底これを容認することはできない.

以上

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